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斎藤工が子供の頃に受けたシュタイナー教育!カルチャーショックとは?

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斎藤工が子供の頃に受けていた教育方法が話題となっています。

シュタイナー教育って何だろう?

初めて聞く言葉に、斎藤工さんがどんな子供の頃を過ごしたのか気になりますね。

この記事では斎藤工さんの子供の頃。

驚きのシュタイナー教育。

斎藤工さんの気になる生い立ちについて迫ります。

斎藤工の子供の頃

斎藤工さんは子供の頃感性教育を受けています。

「感性教育」とはどんな教育なのでしょう。

幼少期を覗いてみましょう。

まずは簡単なプロフィールをから。

名前:斎藤工

生年月日:1981年8月22日

年齢:40歳(2022年5月現在)

出身地:東京都港区

身長:184センチ

体重:74キロ

東京都出身の斎藤工さんは、子供の頃感性教育を受けています。

斎藤工さんを感性豊かな人間にしたいご両親は、シュタイナー教育を選択したのでした。

 

当時のことを、斎藤工さんご自身も「日曜日の初耳学」の中で語っています。

食事もマクロビ(オティック)だったり、目に映るもの、耳に聞こえるものをオーガニックなものにされていたと話しています。

現在の斎藤工さんの感性豊かな、何にでも興味を持つ性格はこれによって培われてきた様ですね。

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シュタイナー教育とは?

斎藤工さんの通っていた学校は「学校法人シュタイナー学園」です。

1983年3月まで通っていて、斎藤工さんはその学園の2期生にあたります。

耳慣れないシュタイナー教育とは、まとめるとこんな感じです。

自然なものの中で生き、余計なものを与えない。

直線や曲線、幾何学模様を描かせて集中力を身に付け、数学や美術の基礎を学ばせる。

7歳までは数字を教えない。

自然の素朴さ温かさを大切にし、プラスチックやスチールのおもちゃは与えない。

加工物は極力避ける。

具体的に斎藤工さんの子供の頃の生活を見てみますと

  • おやつは「いりこ」や「玄米パン」。
  • キャラクターの服は着ない。
  • テレビは見ない

など、一般的な家庭での過ごし方とは異なるものでした。

この教育方針を選んだお母さん。

徹底させるのは結構大変だったのではと思われます。

 

ご自宅でもシュタイナー教育を徹底させていた斎藤家。

食事はマクロビにこだわり「味覚」をオーガニックにします。

またテレビは禁止、キャラクターものも禁止で目に映るものや耳に聞こえるもの全てをオーガニックとこだわるのでした。

「視覚」や「聴覚」にまでこだわってこそ一貫しての教育が成り立っていたんですね。

シュタイナー教育の口コミとは

実際にシュタイナー教育についてのコメントはどうか調べてみました。

7歳までは精神の入る器づくりが必要と言っています。体を動かし、五感をフルで活用し感性を磨くことでその後に影響してくるんだそうです。

シュタイナー教育では身体を動かす事が基本となる様です。

自然とふれあい、身体を動かす事でどの科目にも芸術的要素を取り入れていきます。

「この教育が探究心の源となっている」と斎藤工さんご自身も語っています。

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斎藤工初めての衝撃

斎藤工さんが小学4年生の頃、お友達のうちで受けた衝撃とは…ポテトチップスの存在でした!

それってどういう事?

幼少期の衣食住が人格にもたらす影響を重視するとして”余計なものを排除する教育”シュタイナー教育を受けていた斎藤工さん。

当然ながらスナック菓子とは無縁のオーガニック生活です。

小学校4年生ぐらいの時に、初めてポテトチップスに出会ってしまった。「おいしすぎて、ひざから崩れ落ちる感じ」と衝撃を表現。「なんでこれを禁じられてたんだって」と親をうらんだりもしたと明かした。

初めて食べた時「こんな美味しいものがあったのか!」と親を恨んだことも語っていました。

親の与える環境で性格や人生が変わるのですから選択は大きいものですね。

小学校でシュタイナー教育を受けるのは、親の意思です。子供に選択権はありません。

教育に熱心な親ばかりでした集まる変わった学校だったそうです。

同級生もわずか7人、当時は嫌で嫌でしょうがなかった斎藤工少年です。

家にテレビはないし、やたらと美術館やコンサートに連れて行かれるし。

ただ、地元のサッカークラブに入っていたので、公立の子との接点はあったんです。

そこで垣間見た漫画とかゲームの文化が、喉から手が出るくらいに欲しかったんですね。

僕のおやつは玄米パンなのに、みんなが食べているのはスナック菓子。

初めてカップラーメンを食べたときは感動しましたよ、あまりにもおいしくて!

サッカーが唯一外とのつながりだった…まるで無人島生活のようですね。

無人島状態からの脱却は小学校6年生の時でした。

サッカーの強い中学に入るため、いわゆる一般の小学校に転入したのです。

そこでのカルチャーショックは半端なかったそうです。

それぞれの個が際立った周囲の子供たちに圧倒され、まぶしくて直視できないほどだったそうです。

 

親の与えた環境から、一般社会の中へ溶け込むには相当の努力が必要の様です。

 

シュタイナー教育を取り入れている方は他にも!

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斎藤工幼少期が原点

斎藤工さんは子供の頃から俳優の仕事に興味を持っていました。

お父さんが映像制作の仕事をしていて、仕事場へよく遊びに行っていたからです。

いつかエンドロールに名前が載るような人になりたいと憧れていたとか。

中学生になるとまずはモデルとして高身長を活かしてのお仕事を始めます。

俳優の道を目指す斎藤工少年に対し「お前は机の上(で勉強する)より現場に出ることを優先した方がいい」と背中を押してくれたのは、俳優に憧れるきっかけを作ったお父さんでした。

これが転機となり、専門学校への進学をやめて役者として真正面からのアプローチを始めたそうです。

100回挑戦して、100回落ちるといった厳しさを味わいながら2001年俳優としてのスカウトを受け徐々に花開いていきます。

 

現在では俳優に監督にと才能をみせてくれています。

 

自分自身の色は何かと追求していきたどり着いたのは、子どもの頃に受けたシュタイナー教育だったそうです。

幼少期の影響とは大きいものですね。

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まとめ

斎藤工さんが子供の頃受けていたのはシュタイナー教育と呼ばれるものでした。

子供の感性を伸ばす為、余計なものを排除して育てる教育という事で初めて聞く方も多いですよね。

初めてのポテトチップに出会った時の衝撃エピソード。さすがの表現力で凄さが伝わりました。相当だったんですね。

斎藤工さんは、このシュタイナー教育を受けていたからこそ、今の感性が磨かれているとも言えます。

感性豊かに育てたい方は、子育ての方法がいろいろあるんだなと参考にもなりますね。

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